コピーとスパイ

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いや、正確にキスと言えるのかどうか分からない。 唇同士は触れ合っていないのだ。私達の間には生地がある。 「なにすんのよ!」 咄嗟に頭をのけ反らせて言うと、声は生地の内側でこもった。 「何が?唇は触れてないでしょ?」 また顔を寄せてきた坂井がそう囁いた。 鼻と鼻がぶつかりそうな距離だ。 「そういう問題じゃ……」 「無理矢理、これを降ろすことも出来るけど」 坂井の手に力が加わった。 「ちょ、やめて!ムリムリムリ!」 下がりそうになる手を力いっぱい押し上げるものの、男の力にはかなわないらしい。 生地が徐々に下がっていくのだ。 「――ね。だから、これは欲しいでしょ?」 坂井は片手で私の腰を引き寄せた。もう片方の手は私の首の後ろに回っている。 私は下がりかけていた手を咄嗟にあげて、唇を噛んだ。 「力抜いて」 そう言った坂井の唇の動きが、私の唇に伝わってくる。
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