2人が本棚に入れています
本棚に追加
晶子は一階の奥の寝室を覗いた。血の匂いがした。夜明けが近くレースのカーテン越しに部屋は仄明るかった。ツインベッドの上に仰向けに横たわる奥さまの洋子が驚きの表情を残した顔が白く浮き出て見えた。その傍の床は血痕がおびただしく、それを覆い隠すかのように大きな体躯の旦那さまの淳一郎が俯けに倒れて動かなかった。晶子は二階のあかねの部屋も覗いた。部屋は荒らされていたが、ひとり娘のあかねはちょうど友達と小旅行に出かけていて難を逃れた。
「もしもし、警察ですか。港区北青山の川島淳一郎邸で殺人がありました。至急、来てください」
晶子は一階の玄関口にある電話から110番通報し、玄関の戸締りを解いた。
一年近く座敷わらしのように居候していた川島邸の惨状を目の当たりにして、晶子は平和だった家庭の思い出が去来する一方、抑えることのできない怒りと悲しみに襲われた。
やがて警察の車が次々と到着し、警官や私服の刑事、鑑識の係官、警察犬などが大勢で川島邸に入ってきた。晶子は応接室のソファーに座って彼らを待っていた。最初に部屋に入ってきたスーツ姿の中年刑事、南雲太郎が制服姿の晶子に気付いた。
「おい、お前ここで何をしている。名前は何だ」
「質問はひとつずつにしてください。わたしが警察に通報しました」
そう晶子が言ったとき、若い刑事が応接室に入ってきて南雲に耳打ちした。
「そうか、ガイシャは二人か。よし、近所の聞き込みをすぐやれ」
南雲の指示を受けて、若い刑事は応接室から出て行った。
「ところで、お前。ここの娘か?」
二人きりになった応接室で、南雲は晶子に相対するように別のソファーに座りながら訊ねた。
「いえ、ただの座敷わらしです」
「座敷わらし?あの妖怪の座敷わらしか?おい、警察に冗談は通じないぞ」
「説明をすると長くなるのでとりあえず、ここに棲んでる座敷わらしと思ってください」
「それじゃあ姿を消すことができるとでも言うのか?おいおい、それで犯人に気付かれずにこの殺戮の一部始終を目撃したとでもいうのか?」
「質問はひとつずつにしてください。その前に、おじさんの名前を教えてください」
最初のコメントを投稿しよう!