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『アルゴリズムが霞む夜』
藤一左(ふじいっさ)
邂逅のプロローグ
燃えていた。
その景色はただ燃えていた。
何がともなく、幻想的に揺れる炎はなにもかもを包み込む。
そして包み込まれたそれらもまた、今までそこにあった事のほうが幻だったのだと言いたげに、灰さえ残さず消えていった。
なにもかも。言葉が示すよりも、遥かに明確な意味でのなにもかも。
住人が今まで着ていたであろう服が詰め込まれたタンスは、その思い出と共に。
壁に立てかけられた時計は、それが示してきたであろう時間と共に。
沢山の小説や漫画達は、その中に抱かれていたはずの夢物語と共に。
人々は、家族は、そこに存在していたという証拠と共に。
ただひたすらに燃えて、燃え尽き、無くなった。
雄叫びが響いた。それは、人外の者の咆哮。
破壊に快楽を覚えた悪魔達が、炎の中を跋扈(ばっこ)する。煙を反芻(はんすう)するように息をして、命を喰らい、夢を冷めさせ、時間を割いて、思い出を砕く。
「たす、けて……」
声がした。押し殺したような子供の声だ。
悪魔の群れの姿を見て、正気を保っていられる者が居たのか。生き残っている者が居たのか。そう思って俺は、エクソシストとして果たすべき使命よりも優先して、その声の主を探した。
「罠かもしれません。気を付けて下さい」
隣に着いてきていた側近が警告してくるが、そんな事、構っていられない。この惨状の中で命を拾えるのなら、俺は罠にも飛びかかろう。その程度の覚悟ならば、エクソシストになった瞬間から一度も、手放した事はない。
悪魔。
それは、人々の生活を脅かす悪しき存在。
エクソシストは、俺達は、そいつらを打倒する者だ。
舞い散る煙。燃えた物質は灰にさえならずに消滅していくため、弊害(へいがい)となるものは無い。
ただひとつ、横行する悪魔達を除いて。
悪魔達は強力だった。何が原因で発生し、何故同時に複数の悪魔が発生したのかは不明だ。しかし、それらを調べるのも後回しにしなければならない。片手間で倒せる程、弱い連中では無い。
高慢を張るつもりは無いが、俺は優秀なエクソシストだ。俺が勤める支部では屈指の実力者と呼ばれているし、その自覚も、努力もしている。その俺がこうも押されるのだから、おそらく、並のエクソシストでは、相手にさえならないだろう。
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