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『まもなく、平和。平和です』
────それに対して、“これは”全く、野暮なことを言う。
「次は」と言えば微笑ましく思えるが、「まもなく」と言ってしまえば、それは途端に胡散臭くなる。
────そう感じるのは、私が変わっているからなのだろうか。
或いはきっと、そうなのだろう。
彼女は憎憎と睨みつけてやろうと顔を上げるが、相手の見えない睨みは憎さとともに散開した。
「何をやってるんだか……」
呆れをため息に包んで吐き出し、彼女は窓の外へ目を移した。
景色が、流れていく。本当は自分が動いているだけなのに。まるで自身が未来に向かって移動しているかのような、躍動感に包まれる。世界がこの車両という箱に切り取られ、空間をかき分けて移動しているのだ。
いよいよ平和駅が近い未来に見えてくると、彼女はそっとおまじないを唱えた。
「────だって、平和の先に直ぐ駅が来るだなんて、あまりにもつまらないじゃない?」
平和駅に着くと、彼女を残して、乗客が全員その車両から立ち去ったのだった。この空間は初めから立ち入ってはいけなかったのだと言わんばかりに、空席の存在が誇張される。
「平和の先は、私の世界だよ」
彼女は無邪気に微笑んで、右手を掲げた。
その瞬間、車窓から覗く景色はただ一面の光と化し、一切の音、揺れが無くなった。まるで、時間が止まり、そもそも時間という概念が消滅してしまったかのように。
────夢は醒めるからこそ夢足り得るなんてわかっているの。だから、刹那(ちょっと)だけ私の周りを回っててね。
彼女は席を立つと、今度は自らが座っていた座席の背を中指で軽く叩いた。
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