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光り輝くのは叩いた後に生まれた、中指と座席の間の三センチメートルの空間。光はすぐに、風船のように膨らみ、その色で彼女以外のすべてを塗りつぶしたのだった。それはビッグバン。大法螺吹きの戯言が、夢の中で幻想から現実へと昇華される。そんな、刹那の光。
「……さて、今日は何をしようかな」
彼女は「ソファ」に腰を掛けると、「テーブル」の上のティーカップを拾うように取り、紅茶を少量口に含んだ。
車両の様子は劇的に変化していた。三分間だけの彼女の世界。二十二キロメートルの、能動的な思い道理の夢の世界。
────ここでなら、私はなんだってできる。
BGMをリストのラ・カンパネラで満たし、天井に天の川をかける。彼女の力は神というよりは、小説の作家に近い。自らの経験を礎に、感性を以て世界を作る。
「でもまあ、今日は星を見るだけで良いかな」
彼女はソファをベッドに変えて、天井を仰いだ。星の光が彼女の瞳の奥を刺すのだった。光が宙(そら)を埋め尽くし、ゲシュタルトの崩壊を許さない。
彼女は右手を伸ばし、星をつかむように手のひらを閉じた。
────でも、何でもできるっていうのは、嘘。
彼女はこの異質な力を以て尚、星をつかんだことは一度もない。
「……結局、人は自らの夢には敵わないってことね」
寂しく笑って、彼女は立ち上がった。
────そろそろ時間だ。
この世界は迫る未来からの逃避。
「さあ、戻ろう」
彼女がベッドの背を撫でた瞬間、世界は車両に戻った。揺れも音も、ただひたすらに現実を主張しているかのようだった。外の景色は、すでに次の駅に差し掛かる。
揺れが止まり、彼女に現実的な慣性が働いたところでドアが開いた。
「────や。元気?サキ」
そう、サキは私。
「────ふふっ。私は元気よ。ユキ」
つい先ほどまで彼女の空間だった場所に、少女が足を踏み入れた。まるで心に足を踏み入れるように。意外なほどに、満更でもない。
────平和の先は、私の世界。その先は、途方もなく現実的な、現実世界。
毎日の、不詳の時間。平和の先には彼女の世界がある。
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