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「……だからね、私は思うのよ」
彼女は角砂糖を三つつまんで、コーヒーに落とした。
「この店の出すものは、成る程おおよそ理想に近い」
「そりゃあ、どうも」
カウンターに立つ少年は、食器を片づけながらトースターに目を向けた。
そろそろ、頃合いだろうか。
「でもね、それ故に理想を超えることはないし、想像を超えることもないの。期待以上に、期待通りなのよね」
「……まあ、そうだろうな。ほら、できたぞ」
彼は皿に乗せたトーストを少女の前に置き、黄金色の粒を数十粒こぼした。
それは魔法なのだった。魔法を落とす左手は懐旧の思念を集め、粒へと固めて夢を落とす。その粒は、夢の調味料。口にした者の、最も求める味を限界まで再現する。
「相も変わらず、現実的な料理よね」
彼女はトーストを一口含むと、満足げに息を漏らした。
「そんなことを言うのはお前くらいのもんだ」
彼は笑ってトーストをもう一枚取り出し、皿に乗せる。
自分の昼食。試みに、粒を出してみようとするが、普段は息をするようにできることが全くできなかった。
────まあ、こんなもんか。
彼は冷蔵庫から手作りのブルーベリージャムを取り出して、トーストに落とした。
「寂しそうね。自分に理想がないという現実を見ることには、慣れたのではなかったのかしら」
「慣れたさ。慣れたことが寂しいんだ」
彼はトーストをかじり、予め用意しておいたコーヒーを啜った。
「そう」
彼女はトーストの最後の一口を平らげると、立ち上がって千円札をカウンターの上に置いた。
立ち上がった彼女は、まるでガラス細工。込められた繊細さは、一見冷たい瞳から溢れ返り、触れてはならない脆弱性を主張する。
「……ありがとう。美味しかったわ」
「当然だ。また来いよ、小さな死神さん。期待以上は無理だが、期待すればするだけ、その期待には応えてやるよ」
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