第三章 落下 戻らない物

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「……なんや、人を活きのえぇ鯉かなにかみたいに言うのはやめておくんなはれませんかね?」  一人、窓の外を眺めて興奮気味の少年に対し、海馬は露骨に嫌そうな顔をして答える。妙に胡散臭いと評判の関西弁は、幼少の頃から転々と各地を渡り歩いている内に身に付いた悪癖だ。どちらかの言葉づかいに直そうと思っても、半端な訛りはついて回るもので、結局面倒なのでそのままになっている。要するに怠惰なだけだが、彼と付き合いの長い者は、あまり気に留めない。  それに、言葉づかいの奇妙さというか、胡散臭さで言うなら少年の方が遥かに上回っている。妙に年寄り臭い話し方だ。  日に焼けた茶髪に白粉でも塗ったかのように白い肌。烏帽子に白の束帯姿ともなると、その胡散臭さもいよいよ拍車が掛かるというものだが、妙に様になっているのも事実だった。  瞳は狐のようだが、その印象通り、彼は人を化かすのが好きだ。誰彼構わずからかう。ただ、海馬が戸惑っているのはその性格に、ではない。むしろ、その小童みたいな性格自体はもう慣れたものだ。 「まぁ、良いではないか。のぅ、“青龍”?」  と、少年は向かいに座る男に話を振った。男は目を閉じたまま何も答えなかった。何か答えるべきかと口を開きかけてはいるが、結局短い溜息が出ただけだった。 「程々に願います。あれに負けるとは思いませんが、彼らも彼らで必死なのですから」  賀茂楓雅(かもふうが)は寡黙な男だ。身長は二メートルには届かないが、日本人としてはかなりの長身で、その顔立ちも彫りが深い。まだ三十代だが厳とした信念と穏やかな知性を兼ね備えた陰陽師であり、仲間内から絶大な信頼を受けている。  戦闘時はそれこそ、鬼も裸足で逃げ出しかねない程の凄まじい霊術をかますが、普段は滅多な事では怒らない、穏健派として知られている。海馬と同じく四神の一角、東の護り手であり、現陰陽寮の実質ナンバー2の地位にいる男だ。まさしくその風格にふさわしいと言えるだろう。 ――それに比べて、横の此奴は
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