第三章 落下 戻らない物

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「なんじゃ、なんじゃ、釣れないのぉ」 「ちびっとは、緊張感持って頂きたいですねぇ。ここは戦場やぜ?」  はぁっと魂が抜き出てしまいそうな程の勢いで溜息を吐く。“元々の身体の持ち主”もどことなく掴み所が無い少年ではあったが、あちらはまだまだ可愛げのある方だった。 「あんまその体でふざけとると、息子はんが怒るよ?」 「何、あやつも身体を貸した以上、文句は言えない筈じゃろうて」  よく言うわと、海馬は目玉を回した。 「そうでっしゃろか……。ま、その体そのまんま返さないと言いまへんだけ安心しましたわ」 「うむ、まだ、“今のところは”、じゃな。この身体にはまだまだ馴染んでおらんしの」  少年は目を細めて笑う。悍ましい寒気に襲われる程に無邪気な表情だと、海馬は思う。しかもこの少年、果たしてどこまでが本気なのかが、分からないのがコワイ所だった。単なる戯言に言霊の呪術を使い、人をからかう。それも無理はないかとも思うが。 ――千年も陰陽師続けてると、そないな感覚に陥ってしまうものなんかね 「“晴明殿”」  楓雅が、静かなそれでいて力を感じさせる声で外を指さした。 「着きました」  着地すると同時に、扉が開いた。“晴明”と呼ばれた少年が、外へ嬉々と飛び出して行き、見苦しくない程度に慌てて楓雅が後を追う。海馬はよっこらせと、やたら爺臭い足取りで馬車から降りる。  怪異に見舞われた岡見学園の土地、正確には校舎群から少し離れた林を、海馬は用心深く見回した。負の気は相当強まっている。特にこの土地における鬼門そして裏鬼門の方角――陰之界から物の怪が這い出てきやすいポイントだ――はすぐにでも調祓する必要がある。 「いやぁ、よいのぉ。五龍の奴が、神泉苑よりこちらが住み心地良いと感じたのも頷けるわ」
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