第四章 姉妹と師弟

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†††  妹と対等の大喧嘩をしたのは、考えてみると多分それが初めてだったかもしれない。舞香はいつも自分の後をついてきて、自分と同じ事をして、同じ言葉を繰り返して、同じ洋服を着て。  考えてみれば、二人が喧嘩にならないよう、父も母も気を配っていたのかもしれない。同じ物は必ず二つ買ってきていたし、教えてくれた遊びの中にはどちらかが取り残されるような勝負事のものは無かった。春日家では既に霊術の鍛錬が始まっていたのに、吉備家では一向にそれを始めようとする気配が無かった。  霊術の鍛錬を始めれば、吉備家における“しきたり”や“使命”に縛られる事になる。月が、自身の運命に追われるようにして鍛錬を積んでいたのを見て、葛藤もあったのかもしれない。  ともかく、碧が鍛錬を本格的に始めたのは、舞香を守ると決めた時からだった。自分が姉だと自覚し始めたのもその時からだったのだろう。碧は神社の至る所で舞香を引っ掴まえては、教わった霊術を教え込んだ。始めはそれでも、舞香は笑顔だった。  きっかけは教えた霊術が失敗した時だった。水気の術だったと思うが、舞香は部屋を水浸しにしてしまった。舞香は狼狽える碧を置いて逃げ出してしまった。  それからだ。舞香は何か失敗する度に逃げるようになった。鍛錬そのものを始める前から逃げる事もあった。何でもいつも一緒だった二人に差が出来始めたのも仕方がない事かもしれない。 逃げる舞香に対して碧は次第に怒りを覚えるようになった。なんでなのかは自分でも分からなかった。 ――なんで、逃げるの  捕まえては説教した。舞香はお茶らけた様子で躱していたが、本当の所、心の底で何を考えているのかはわからなかった。  例えば、自分の教え方が悪かったから失敗してしまったのかもしれないとか、失敗から逃れたいと思うのは当然であるとかは考えもしなかった。  自分は絶対逃げたりしない。自分の使命から逃げたりしない。そんな風に考えるようになったのは、どうしてだろう。どうして、こうなってしまったのだろう。  だけど、本当は自信なんて無いのかもしれない。無いから自分に与えられた使命やしきたりを全うする事で、満足していたのかもしれない。そして、舞香と――妹と向き合う事から逃げていたのかもしれない。 ――結局、大喧嘩して逃げ出したあの日から、十年間。私は何も変わってないのかもしれない。
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