序章  霧雨に戯れる

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「地上は地上で退屈しないなーなんて、最近は思っているよー」  鳳凰殿と呼ばれた少女が舞う。手にはいつの間に握られていたのか、真っ赤な扇。扇を広げ、くるりと廻る。たったそれだけで、彼女を中心に風が舞う。 「そういうことではありませんわ。私が躍ってたのにー……」  子どものように頬を膨らませ、それでも舞うのを止めない彼女に、赤い髪の少女――あるいは、式神は笑う。 「いいじゃん、そろそろ見納めだなーっと思っていた頃だし。春が終わるのが嫌で、舞っていたんでしょ? 春霞のお姫さん」 「うぐ……」  春霞の姫君は呻いた。少女は、寂しいなら付き合ってあげるよと言った。姫君は、季節を司る自然神の加護を受けし巫女。春が終われば、夏、夏が終われば秋、秋が終われば、冬、冬が終われば春と、季節を告げし巫女である。  とはいえ、彼女自身はあくまでも人間だった。季節でどれが好きと聞かれれば真っ先に、春と答えてしまうそんな少女だった。 「もうすぐ、水無月も終わって、次は夏木立のお姫さんになるんだよねー。陰暦だったらとっくに夏だけど」 「い、言わないでくださいまし。夏は暑いし、汗がべっとりとして、それはもう……嫌いです」 「素直なのは、良い事だよ」  うんうんと頷く少女に、春霞の姫君は首を捻る。なんでこの元は霊鳥の長だった少女は、こんなにもお気楽なんだろうと勘考してみたが、分からない。千年も生きていると感覚はかえって柔軟になるのかもしれないくらいに思っておけばよいかとすら思う。 ――千年  悠久の時を過ぎて、彼女の心の何がそんなに地上に惹きつけられるのだろうと思う。同時に彼女のその奔放さを、姫は羨みもする。 春は霞にと 夏は木立にと 秋は紅葉にと 冬は白雪にと 世界を染め上げる。それが四季の神々より受けし役目。受けし呪縛は、「土地への束縛」物理的に束縛されるわけではない。役目と持つ力によってこの地に縛られる。姫の不満の大きなところはそこに集約される。  この霊鳥にはそれがない。否、この世界の殆どの人間が、自分とは違う。こんな役目を持った人間が他にどれだけいる?
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