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都会の外れに洒落たバーがある。仕事に追われた日常を忘れたい時に人は、ここに足を運んだ。バーにはカウンター席があり、そこでバーテンダーでもあるマスターが即席で創るカクテルを嗜むのもよし、甘い香りと低調な洋楽で時が経つのを忘れるのもよかった。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?」
マスターの奏でる変則的なシェイカーの音を聞きながら、少し酒が入ってたY氏は呼びかけられた。振り向くと、そこにサングラスをかけた強面系の人物が立っていた。Y氏は嫌な人物に話しかけられたなと思った。外見はカタギには見えない変な因縁でもつけられるのか。
しかし、そんなY氏の予想とは裏腹に男は笑っていた。
「そんなに警戒しないでくださいよ。サングラスは趣味でつけているだけです。別に悪事を働いている訳ではありません」
「そうですか・・・。それで、私に何か用事ですか?」
「何、大したことじゃありませんよ。酒の席の話に一つ、私の私を聞いてもらいたくて。無理にとはいいません。あなたなら、話を聞いてくれる。そう思っただけです」
妙に馴れ馴れしい男だなと、Y氏は思った。酒の席であるとはいえ、初対面である自分に話を聞いてもらいたいとは。だが、特に話を聞くのを断る理由もなかった。
「別に構いませんよ」そう言うと、男は嬉しそうにY氏の隣の席に座った。
「良かった。あ、マスター。私にもカクテルを・・・」
「私のをどうぞ。まだ手をつけていません」
Y氏はマスターに出してもらったばかりのカクテルを男に回した。カクテルをもらった男はニタニタと笑みを浮かべながら、それを口にした。色合いや香り、味を楽しむのがカクテルの醍醐味であるが、男はカクテルを一口で飲みきった。もったいないなと、Y氏は思ったが、そこは口を挟まず男が語り出すのを待った。
「それで、話というのはですね。アナタは幽霊の存在を信じていますか?」
「いえ。どちらとも、誰かが居ると思えば居ると思いますし、誰かが居ないと思えば居ないと思います。相手の話に合わせるようにしています。居るも居ないも、根拠がない話ですからね」
「私はですね。つい最近まで居ないと思っていました。存在していないと信じ切っていた」
「では、今は?」
「アナタと同じですよ」
男はクスクスと笑った。Y氏もつられて笑った。
「そもそも、私はその日、昔の馴染みと酒を飲んでいたのです」
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