最期の日

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 白い幾重にも和紙を重ねたような雛罌粟(ヒナゲシ)が、その重たそうな花を風に揺すられている。  植木屋の庭だけあって毎日のように新しい発見がその庭にはあった。  ついこの前までは禊萩(ミソハギ)が赤紫の花を咲かせていたし、風蝶草(フチョウソウ)が次の出番を待って居る。  改築され未だほのかに木の香りの残る納屋の一室で、そんな庭をボンヤリと布団の上に座って眺めて居る男が居た。  男はゆっくりと立ち上がると、濡れ縁へと出て立ち止まる。 「秩、すずらんはとうに終わってしまったよ」  男はポツリとつぶやいて庭の隅で花茎を切り落とされ、緑の葉だけになった鈴蘭を見た。  梅雨が明け、途端に力を増した日差しが男に降り注ぐ。  眩い光に晒された男は、着物の合わせ目が弛む程に痩せていた。  しかし元来骨格が確りしているのか、左程みすぼらしさは感じない。  それは男の顔が肉が無いにも関わらず、やけに整っているのも関係しているのかもしれない。  暫くそうやって庭を眺めて居たが、男は小さく息を吐いて床に戻る。  男の重さで潰れた布団の上に胡坐を掻くと、男は枕の下から皺くちゃになった文を二通取り出した。  それを愛おしそうに手で撫でると、その一つをそっと広げる。  その文には字を覚えたばかりなのか、なんとも不格好な文字が並んでいた。  ちちうえさま  ちちうえがきょうをたって、みつきがすぎました。  おげんきでいらっしゃいますか。  ゆきはげんきです。キョウもあるくのがうまくなりました。  はやくちちうえにあいたいです。           おきた ゆき キョウ  何度も開いて眺めて居るのだろう、文の折り目の文字が毛羽立って掠れて見える。  男は表情を綻ばせると小さく呟く。 「父上も逢いたいです・・・」
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