最期の日

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 そこへ老婆が食事の膳を持ってやって来た。 「おや、今日は調子が良いのかい?」 「ああ、婆さん。いつもすみませんね」  男は手紙を丁寧な手付きで畳みながら言う。そんな男の手元を見ながら老婆は言った。 「また御嬢さんからの手紙かい? 沖田さん」 「はい、今の私にはこれしか慰めがありませんからね。  そう言えば、近藤さんから手紙はありませんか?  今、どうしているんでしょうね・・・」  老婆は首を横に振るだけで応え、膳を沖田の前に出した。  膳には粥と豆腐の味噌汁に、野菜の煮物とめざしに漬物が乗っていた。  随分と豪勢な食事である。  食欲が無く、殆ど箸をつけない沖田に少しでも食べさせようと心を砕いて居るのが分かる。  沖田はそれを有り難いと思い、感謝しながら箸をつけるのだが、如何せん身体が受け付けない。  それが逝ってしまった最愛の女の最後と重なり、自分もその時が近いのだと感じさせていた。  そして実際、医者にも次に吐血すればそれが死に繋がるから用心するようにと言われていた。  沖田は申し訳程度に食事に手を付けると箸を置く。 「婆さん、すまないが、もう食べれないよ」  老婆はチラリと膳に目をやると、哀しげな顔をする。 「そうかい。無理は良く無いからね。  沖田さん、何か食べたい物は無いのかい?」  沖田は束の間考えると、この上なく幸せそうな顔をして言う。 「団子。餡の沢山かかった団子が食べたいですね」  頷いた老婆を横に、沖田は思い出していた。  京の街で秩やゆきと食べた甘い甘い団子の味を・・・ 「総司はん、あんまり、力をおとすんやおへんよ」  秩が亡くなり、初七日の法要を終えた沖田にトクが言う。  そのトクにしても憔悴した様子は否めない。  皆が秩の死を受け入れるのに必死になっていた。  そして片付けなければならない問題もあった。 「有難うございます。ですが、トクさんも酷い顔をしていますよ」 「そうやろね・・・」
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