最期の日

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 沖田は一人になった部屋で、土方が最後に訪ねて来た時の事を思い出していた。 「邪魔するぜ」  聞き慣れた低い声と共に、沖田の居る離れへ土方が姿を表した。  前触れの無い突然の来訪に沖田は目をしばたかせた。  沖田は井上宗次郎と名を変え、水車の音しか聞こえない千駄ヶ谷に隠れ住んだ自分を、訪ねる者が居るとは思いもして居なかった。  それがどうした事か甲府に向かった筈の土方が来たのだ。  嬉しい気持ちが先に出て言葉が出ない。 「おい、久し振りに会ったてぇのに、挨拶無しかぁ?」  だがそんな沖田に対しても土方の口は相変わらず悪い。そんな土方に沖田が言う。 「土方さん、洋装も板に付いてきましたね」    土方は沖田の反応に満更でも無いような表情を浮かべると、ドカリと沖田の前に座った。 「あぁ、中々動きやすいぜ。  身体が戻りゃ総司も着てみりゃ良い」 「そうですね。ところで近藤さんは来てないんですか?」 「おう、忙しくてお前の顔が見に来れねぇから、代わりに見に行けってよ」  土方の言った事に肩を落とした沖田だったが、土方の様子に微かな違和感を感じた。 「ねぇ、土方さん。甲府の方はどうでしたか?」  新選組は鳥羽伏見の戦いでの敗戦の後、江戸へと引き上げた。  そして上野で前将軍警護に当って居た。  それと時を同じくして、官軍となった長州や薩摩は江戸に進軍して来ていた。  そこで幕府陸軍総裁・勝海舟は新撰組に甲府一帯の逃走兵や一揆を鎮める事を名目に、甲府に赴くようにと提案した。  それは江戸を戦火に巻き込まない為であり、寛永寺で謹慎する前将軍・徳川慶喜の恭順の意をいち早く新政府軍に伝える為であった。  そしてもう一つ、甲府はもともと幕府の直轄領であり、江戸西方の防衛拠点として位置づけられていたからだった。  新選組は新政府軍を刺激する事を懸念し、新撰組の名前を伏せ甲陽鎮撫隊とし、近藤は大久保大和、土方は内藤隼人と名を改めた上で甲府を目指した。
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