01『ギュゲスの指輪』

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 とはいえ、しかし、浮かれてばかりいられないのも事実である。  こと、彼女に関する事態においては。 「面白いもの……ね。思えば、これほど不吉な言葉もない」  軽快に(というほどのスピードを出せる自転車ではないが)ペダルを回しながら、嘯くように僕は零す。  朝食で得たエネルギーのうち、果たして何パーセントほどをこの無駄な呟きで消費しているのだろう、なんてそれこそエネルギーの浪費でしかない無為なことを考えながら。 「…………」  さすがにもう少しくらい、建設的なことを考えたほうがいい気がする。  というわけで僕は、これからのことについて思いを巡らせてみることにした。  言い換えるなら、彼女のことについて。  さて。  こんな朝っぱらから呼び出して、彼女はいったい僕に何を見せるつもりでいるのだろうか。テレパシーの才能に欠ける僕ではその答えを知るべくもないが、とはいえひとつだけ、はっきりしていることもある。  即ち、 「まともなものじゃ、ないんだろうな……」  以前にも僕は、面白いものを見せてあげると言う彼女に、のこのこ呼び出されたことがある。  そのときに見せられたもののせいで、僕たちは少しばかり厄介な事態に巻き込まれる羽目になったのだが……今のこの状況は、あのときを強く彷彿とさせる。  あの、黒く深い夜と。  今朝の顛末は、ずいぶんと似通っていた。  そうこう考えているうちに、いつの間にか目的地の近くまで辿り着いていた。  無心で自転車を漕いでいると、ときおり、こんな風に時間が飛んだような感覚に襲われることがある。  いや、それは何も自転車を漕いでいるときに限らない。僕にはそういう、ふとどうでもいいことに気を取られ、気づかぬうちに意識が思索の海に沈みきって周囲のことがまるで見えなくなってしまうという、ちょっと困った癖があった。  集中力が、さてあるんだかないんだか。微妙なラインだろう。
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