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「悪いわね~凪。
せっかく夏休みで帰ってきたっていうのに」
古びたローカル電車を背景に、
母は残念そうにため息をついた。
「いい?残ったカレーは、タッパに入れて冷蔵庫にね」
「はいはい、もう何度も聞きました。
私は大丈夫だから、お母さんこそ気を付けて」
「でも、天気予報では明日には台風が接近するって.....」
「民宿組合の集まりなんだから、
しっかりお仕事してきてね!」
何かを言いかけた母の言葉に気づかない振りをして。
なおも心配そうにこちらを伺う母の背中を押して電車の中へ。
振り返った母にニッコリ微笑んだ。
その時、発車を告げるベルが鳴り、
電車の扉が閉まった。
母が乗った電車を見送ると、
私は駅を出る。
駅といっても小さな無人駅。
駅前にはロータリーなど何もなく、古いバス停があるだけで、後は漁港につながる一本道。
七月最後の金曜日。
辺りにはひと一人おらず、
ミンミンと鳴くセミの声だけが響きわたっている。
アスファルトは陽炎のようにゆらめき、
タンクトップから出た肩が、ジリジリと焦げてゆくのが分かった。
私は港までの一本道を歩きながら、その道沿いにある、昔ながらの駄菓子屋さんといった、風情と歴史を感じる一軒のお店の中に入った。
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