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父さんが帰ってきたのは21時を回ったころ。
事の一部始終を聞いた父さんは、暫く僕を見回して「なんで殴った?」と聞いてきた。
僕はありのままを話した。
すると父さんは僕の頭に手を置いて、撫でながらこう言った。
「殴るのはダメだぞ!」
それに腹を立てたのは母さんだった。
「あなた! ちゃんと叱って下さい」
それを気にも止めず、父さんは「殴るのは良くない」と繰り返しながら風呂に向かう。
その時の父さんの表情が、微笑んでいるように僕には見えた。
あれから十年が経った――。
少し前から、僕の隣には美代がいる。
「賢ちゃん。準備できた?」
そう言いながら、麦わら帽子を被った美代が僕を急せる。
今日は海に行く約束であった。
だが海水浴が目的では無い。
美代は、長いスカートを好んで着込むが、短いものは穿かない。
太ももから脇腹にかけて、突然刻み込まれた烙印を、空気にさえ触れぬよう抱え込んでしまうのである。
そんな彼女を誘い出したのは僕だった。
ただ、その心に、真夏の海風を吹かせてあげたかったのだ。
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