剥がされた仮面

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中山が社長室を出て行ったあと、俺はポスッと椅子に倒れ込んだ。 何で… もっと早くに気付かなかったんだろう… いつもきちっとまとめて後れ毛ひとつない黒い髪。 銀縁のメガネのその奥にはパッチリとした可愛らしい瞳。 アイツがいつもつけてた香水は… ランコムのコネクション… ちゃんとアイツを見てあげてなかった自分に今更気づく。 『ハルに尽くす事が唯一の出来る事』 『辛い時は私が受け止めてあげる』 『私も…ハルと同じだから』 そしてあのテーブルに置かれたメッセージ… 『私はいつでもあなたのそばにいます』 アイツは… ずっと俺って人間を見つめてくれてたんだ… 初めてあのBARで出会った夜、俺の姿を見て驚いたような顔で戸惑ったアイツ…。 きっとあの夜、アイツも俺が自分と同じ複数の顔を持つ人間だって事に気付いたんだろう。 それでも… 俺に抱かれてくれたのは… 冷酷紳士の社長を守るため…? チャラ男のハルを守るため…? いや……違う。 アイツは本当の藤森翔人って人間をきちんと見つめてくれてたはずだ。 あの夜… アイツがその瞬間、小さな声で呼んでくれた俺の名前は… 『翔人』 確かにそう聞こえた気がした。 だけど… 俺にはアイツの本当の姿を受け止めてやれる資格はない。 こんな… 最低な人間に… そんな事が許される訳がない。 情けなさで涙が滲む。 親父… 俺…こんなザマで本当に親父みたいな男になれるのかな? その日、俺は中山と川島が退社するまで社長室から出る事は出来なかった…。
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