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強く腕を引かれ、転びそうになりながら廊下を進んで行くと、すれ違う他のクラスの生徒が不審そうにこちらに眼を向けた。
わたしは廊下の窓枠に手をかけ、足を踏ん張った。
「ちょっと離して、更科くんっ」
急に止まった反動で、彼の体がわたしに引き寄せられる。
大きくて澄んだ瞳が目の前に迫り、わたしは固まった。
「は、離して、ってば」
押し退けようとした右手も掴まれ、両手を塞がれる。
『あいつ、ほんとにお前にキスしようとしてたから』
昨日の田辺くんのセリフが頭をかすめ、慌てて更科くんから顔を背ける。
「――椎名先輩って、やることが可愛いよね」
必死で腕を引くが、すごい力で拘束から逃れられない。
「駄々こねちゃって。どうせ最後にはちゃんと行くつもりなんだよね?
ちょっと遅れて、先生に気にしてもらいたいだけなんでしょ?」
バカにしたような口調に、わたしは思わず顔を向けた。
…この子…。
両頬が、一気に熱を帯びる。
「赤くなっちゃって。マジで可愛いんだけど」
そのまま顔が近づいて来て、慌てて顔を背ける。
髪に隠れた耳元に熱い息が吹き込まれ、ボソ、と囁きが届いた。
「…えっ…」
驚いて顔を上げると、彼はふふ、と笑って手を離し、くるりと背中を向け、歩き出した。
その後姿が見えなくなってからも、わたしはその場から動けなかった。
強く握られた腕が、まだジンジンと痛む。
『春山はやめておいた方がいいよ。知ったら、絶対に傷つくから』
彼は今、確かにそう言った。
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