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小一時間、週刊誌を立ち読みし、その後アイスを三つと菓子パン二つにポテトチップスを一袋、それに醤油のボトルを一つ買い店を出た。
酸っぱそうな橙色の空は一時間で完全に藍色に支配されている。気温も肌寒いほど。
公園からは誰の声もしていない。
空腹を抱え、公園を左手にもと来た道を漕いでいたときだった。公園の白い街灯が滑り台と砂置き場ともう一つ何かを照らしているのが見えた。
『……あれは何だ遊具か? いやそれにしては……。ん、今動かなかったか?』
興味より恐れの方が強かったのだがどうにも気にかかり、公園に入った。
前方に滑り台が目に入った。
『おかしいな、この辺りじゃなかったか?』
自転車に乗ったまま辺りを見回した。
無い、どこだ?
『ここだよ、ここ』
誰かの低く怒鳴るような声がした。いや俺の心の中で誰かが喋った。
あっ、トイレの傍の蛇口の前にそれはあった。いや、いた。俺は全身を恐怖と驚愕が駆け抜けていくのを感じた。
街灯に照らされながら蹄で足下の砂を蹴り、砂埃を生んでいるそれは紛れもなく、美しい一頭のペガサスだった。ただどうにも翼だけは固そうな印象を受けた。
「お前、私の声が聞こえるな」
ペガサスの声がまた俺の中から響いた。冷や汗が体中を濡らしていく。
逃げたい、何してる早くペダルを漕げ。心の中で必死に足に呼びかけるのだが、もはや足は足でなくただの固い棒だった。
辺りの不穏な空気が俺を包む。
『聞こえるのかと聞いている』
「……聞こえますけど」
俺は口をほとんど動かせず、言葉を舌で転がすように呟いた。
『ならば速やかに答えよ。それこそ時の無駄遣いというものだぞ』
「……あの」
何かを言おうとするのだが、言葉が喉に引っ掛かって出てこない。嘔吐きそうだ。
『私はな、自分と同じ気持ちを持った人間とだけ話せるのだ。そしてその人間が考えていることも理解出来る。お前は何かと時を無駄にしていると意識しているな。そうだろう』
「……あの、飛べますか」
他にもっと聞くべき事があるだろうにやっと絞り出した言葉はそれだった。
「無論。それでなければ何のための翼だ」
俺は返す言葉が見つからず、永い静寂が降り落ちた。
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