トマス・ウィルソン

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トマス・ウィルソン。 ユタ州出身のアメリカ人。 家族を愛し、国を愛し、オンタイムは粛々と軍務をこなし、オフタイムではソファに寝そべり、ビールを飲みながらテレビでベースボール観戦をする。 日本に配属が決まった時は小躍りするくらいに喜んだ。 日本は美しい。清潔な街、四季折々の自然、伝統が息づく観光名所、礼儀正しい人々。 それにスシ、ソバ、ヤキトリ…数えきれないアメイジングな料理。 妻もキモノを着てサドウをエンジョイするんだとはしゃいでいた。 赴任先、厚木海軍基地での任務自体はサンディエゴにいた頃と変わらない。 軍用ヘリコプターのパイロットとして訓練飛行と有事に備えたトレーニングが主で、その他いろいろと雑務はあったが、勤務時間が過ぎればゲートの外には楽園が広がっている。 アメリカ本国に帰りたいと思ったことは、ただの一度もなかった。 あの日までは。 トマスが災厄から逃れることができたのは、新型の多目的型軍用ヘリYVH-80のテストパイロットに選ばれるという幸運に恵まれたことに尽きる。 あの日、いつも通りの生活をしていたら今ごろは狩る側ではなく、狩られる側にいたはずだ。 テストフライトのため、トマスは厚木海軍基地から飛び立ち、遠く九州地方の佐世保基地までを飛行していた。 最初に異変を知ったのは基地からの無線だった。 「地震だ。大きい!」 管制官は明らかに動揺していた。 この東洋の島国において、地震は珍しくない。 トマス自身も何度も激しい揺れを体験していたし、どの建築物もそれを見越した耐震免震構造で建てられていたから、それまでは、どんなに大きな揺れでもたいした被害もなく事を乗り越えていた。 「こちらバタフライ1。そちらは大丈夫か?」 トマスが管制に語りかけた瞬間、北東の方角で尋常でない閃光が上がった。 かなりの距離があったにも拘らず、機体が振動で揺れた。 これはただ事ではない。 トマスは、自分の本能が恐怖に戦いているのを感じていた。 「バタフライ1。予定通りに目的地に向かえ」 管制官からの指示があった。 「了解」 トマスは短く返答して佐世保基地へのフライトを続けた。 それが、その管制官との最後のコンタクトだった。
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