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佐藤夏生。
父は大手衣料販売店グループの本社営業統括部長だった。
大学を卒業し、父の勤める会社のグループ会社に営業職として入社、新入社員ながら父の威光もあって破格の厚遇を受けていた。
性格は明るくあらゆる物事に対して楽天的。多少尊大なところも散見されるが面倒見もよく、上からも下からも好感を持たれるムードメーカーでもあった。
震災時は、タイにある自社工場に国外出張しており、難を逃れた。
震災後、会社は機能を失ない、タイ工場も稼働を停止、混乱の中で職を失なったが、持ち前の明るさで周囲を引っ張り、同じ境遇の日本人たちを集めて衣料販売店を経営するに到る。
その後、日本暫定政府発足を受けて、タイから強制召集された。
「よぅ、無事だったか」
兵舎に戻る道すがら、夏生の姿を見つけた老人が声をかけた。
彼の名は、武藤清吉。夏生たちが所属する特殊部隊「ムラクモ」の一期生でただ一人の生き残りだ。
彼は、戦いの中で左腕と右脚を失ない、今では基地内で雑務要員として働いている。後輩たちの良き相談役であり、戦いの経験を伝える教師役でもある。
基地内では「セイさん」の愛称で親しまれている。
ナツオはニカッと笑って老人に手を挙げて挨拶した。
「うちには最強女神がいるからね、今回も楽勝だったよ」
ナツオの言葉に笑みを返しながらも、老人は真剣な眼差しで首を振る。
「確かに、お前さんところの隊長は強い。だが、油断は取り返しのつかない事態を招くぞ。この儂のようにな」
「わかってる。他の部隊では、かなり被害出てるしな」
「その通り。三回以上出動して一人も犠牲者が出ていないのはお前さんとこの三六九部隊だけじゃ。いかに奴等が恐ろしい相手か、常に肝に銘じておけよ」
「あぁ、わかったよ」
ナツオは、もう一度手を挙げて挨拶し、老人と別れた。
わかっている。奴らの恐ろしさは十分に。
かつて、ここに来た頃、教官が言っていた。
「我々の中で戦うために生まれたヤツはいない。しかし、ここに来た以上は戦わなければ死ぬだけだ。何故なら相手は戦うために地獄から蘇った悪魔だからだ」
俺は元々ただの洋服屋だ。出動のたびに死の恐怖に怯えている。こんなイカれた世界で恐怖を覚えない人間などいるわけがない。
ただ、一人を除いて。
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