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翌年に結婚するはずだった。
藤崎遥。
早くに母親を病気で亡くした。父は長距離トラックの運転手、三人兄弟の長男で二人の弟がいた。一番下とは八歳離れている。
仕事柄、父が家に帰れない日は遥が、弟たちの父親であり、母親だった。
苦労の連続だった学生時代。成績は悪くない。父は高校卒業後の大学進学を薦めたが、家計への負担を考えて大学は諦め、就職の道を選んだ。
選んだ仕事は建築の仕事、高額な給料が決め手だった。
真面目で何でも器用にこなす遥は、仕事先の社長に目をかけられ、早くに昇進、課長になった。
震災の前年、ベトナムの建築現場で監督指導する仕事が舞い込んできた。
社内で英語を話せるのが、社長と遥だけ、という理由で必然的に遥が行くことになった。
遥自身も、ステップアップとなるこのプロジェクトに乗り気だった。
遥には彼女がいた。
本当ならもっと早くに結婚したかったが、弟たちが学生の間は父親を助けたかった。
そして、末の弟が高校を卒業してようやく独立。
ずっと待たせた彼女にベトナム行きの直前でプロポーズし、帰国後の挙式が決まった。
職場の仲間たちも家族のように祝福してくれた。
ベトナムの仕事から帰った後、遥には新しい家族との生活、明るい未来が待っているはずだった。
日本全土を襲った未曾有の悲劇は、遥から全てを奪った。父、弟たち、友人、同僚、仕事や財産、そして最愛の人を。
ベトナムでは仲間たちが遥を助けたが、全てを失った彼には、もはや何をやる気力も残されていなかった。
廃人のように呆然としたまま日々を過ごすうちに、熱病にかかり入院。
その状態で日本暫定政府から強制召集がかかり、搬送される形で送り込まれた。
搬送後、熱病は数日で回復したが、精神は還ってこなかった。
しかし、ある日を境に彼の止まった時間が動き出した。
その理由を彼は誰にも語らない。
しかし、三六九部隊の皆はわかっていた。
彼は戦うために還ってきたのだと。
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