仁村雄大

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仁村雄大。 彼の名を知る者は多い。若くして年商十億を稼ぎだした名トレーダー。 総合格闘技団体「NFS」の二代目王者。 世界的人気を誇るオンラインゲーム「パンデミオン」を開発したトレジャハント社の創業者。 様々な経歴と肩書きを持った仁村だったが、若き天才が最後に選んだのは、農業だった。 ブラジルに作られた農場、仁村ファームでは、特殊な生態系を周囲に構築、さらに複数の野菜を同時に植えることで農薬も遺伝子組換も使わない安全な野菜の安定生産に成功していた。 食の安全を求める需要は高く、仁村ファームの農産物は日本を中心に飛ぶように売れた。 しかし、この農法では生産量が従来の六割程度と低く、コストも三割ほど高くなるため、さらなる工夫が必要だった。 ブラジルの地で日々研究に勤しむ仁村が、地球の裏側にある故郷で起きた大惨事を知ったのは、地震発生翌日の朝だった。 まるで映画のような非現実的な光景がテレビに何度も映し出される。 遠い海上から撮影された高濃度放射性物質の霧に包まれた日本。 通信が途絶えるまでに送られてきた地震発生後の映像。 倒壊したビル群、混乱する人々、騒音と悲鳴、怒声、爆発音、炎、光…映像の世界を塗り潰していくブロックノイズと静寂… この時の仁村にとって幸運だったのは家族が大災害に巻き込まれなかったことだ。 仁村の妻と息子は日本で暮らしていたが、小学生の息子が冬季休業期間に入ったのを利用してブラジルに遊びに来ていたのだ。 妻と息子だけでも助かったのは不幸中の幸いと思っていた。しかし、仁村の悲劇は、その後だった。 震災後、世界中で放射性物質が検出され、汚染源たる日本は憎しみの対象になった。 さらにブラジルでは日本へ出稼ぎに出ていた者も多く、彼らも震災に巻き込まれて、この世を去った。 そんな中で成功を収めている仁村ファームは、徐々に現地の人々から憎悪の対象となり、現地の学校に通うことになった息子も虐めを受けていた。 そして、ついに決定的な事件が起きる。 仁村の留守中に自宅が暴徒に襲撃され、妻と息子が殺されたのだ。 さらに追い討ちをかけるように、仁村が手塩にかけてきた田畑や農場にも火が放たれ、何もかもが灰になった。 日本暫定政府から強制召集を受けたのは、すべてを失なった一ヶ月後だった。
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