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田辺くんは、元気のかたまりのように見える彩加の弱い部分を知っていて、さりげなく裏でフォローしている。
以前、彩加がトモコと大喧嘩した時にも、彩加が本当はすごく傷ついている事を分かっていて、後で上手に二人を誘導して仲直りさせていた。
いくら好きな相手だとしても、その陰の部分を理解して守ってあげるのは、きっと簡単な事じゃない。
それが出来ると言う事は…田辺くんが、心から彩加を大切に思っている証拠だと思う。
わたしはそっと振り向いて、撮影班の後からついて来る春山先生の方を窺った。
いつか、…わたしたちもそうなれるだろうか。
想像してみようとしたけれど、先生の弱い部分どころかプライベートを何一つ知らない事に気付いてしまい、わたしはまたがっくりと落ち込んだ。
「うわあ、不気味…」
音楽室に足を踏み入れると、彩加がわたしにすがりついて来た。
教壇の脇に置かれた音楽家の胸像が、月明かりに照らされ、ぼんやりと浮かび上がっている。
「そしたらさ、奈良崎。バッハの横に立って、ピースして」
「あんた、馬鹿ぁ?そんなこと出来るわけないじゃんっ!!」
「奈良崎、行けって。それを、椎名が写メで撮る、っていうシーンなんだから。
あとでその画像も加工して、心霊写真に仕立てるんだよ」
「やあだっ!胸像きらい!胸像反対!!胸像撲滅っ!!!」
「頼むよ奈良崎。お前くらい華がないと、写真が成立しないからさぁ」
「……」
数分後。
結局ヒロシの言葉にまんまと乗せられてしまった彩加は、満面の笑みで胸像と肩を組み、カメラに向かってピースしていた。
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