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とある風景
昼には早く朝には遅過ぎる優雅な目覚めをした俺達は、寝坊ついでに自主休講を決め込み、お気に入りのオープン・カフェに出向いた。
ここ暫く曇天続きだったし、ウィーク・ディに二人してお日様の下の“そよ風ブランチ”なんてのも、洒落てるじゃないか。
……いや、ま。その。
昼の日差しは好きじゃないからと渋る彼を、
「クリームチーズと生姜の蜂蜜パンケーキが絶品だから!」
と、俺が無理矢理引っ張ってきた……のが、真相ではあるのだが。
ともあれ、綺麗な更地となった皿を見る限り、御機嫌は悪くないようである。
携帯のアドレスを整理していた俺の手元をチラリと見やり、
「スペル、違いますよ」
言って。彼は、皿に手を伸ばすと、残っていたシロップを爪先に引っ掛けるようにして指を走らせ。
真っ白なカンヴァスに黄金色のアルファベットを綴った。
“CAMPA”
「“K”だろ?」
「“C”です」
「ツェー……?」
「まあ、ドイツ語読みでも構いませんけどね。“K”でなければいいです」
「なんで?」
「それが、僕ですから」
分かるような分からないような、はぐらかすようなリターンなのだが、彼には其れで“この件は説明済み”と、なるのだろう。
とくに補足を追加することもなく、彼は、小さな丼みたいなカフェ・オ・レの器を両手に包むように持ち、まだ僅かに湯気のあがる其れを口に運んだ。
取っ手がない器だから仕方がないのだが……金髪の彼がやると、日本かぶれのパリジェンヌがシャンゼリゼのカフェでもって茶道の作法で珈琲を飲んでるみたいな、間違いではないが、不思議なミスマッチ感を醸した雰囲気の絵面になる。
「分かったよ。Cだな、C」
俺は手早くスペルを修正した。KがCでもかまやしない。彼は彼だ。名なんぞ、ただの記号に過ぎないのだ。
尤も、こうした「ン?」的な彼の拘りは今に始まったわけじゃないが。
「じゃあ、俺も“COTAROU”に変えようかな」
「駄目。貴方は“MIKKI”です」
「なんでだよ?つか、そっちは名前で、俺は苗字の“光姫”を変読って、それ、可笑しくね?」
俺の正当なる抗議に、けれど、彼は俺を見やると、しれっと返して寄越した。
「夕べ。貴方が返事をしたから」
「あ……」
思い出した。思い出したけど、嗚呼、畜生!
なんて顔で笑いやがるんだコイツは……!
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