第1話

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しばらくして、毛皮に赤い跡だけを残して傷が塞がると、ちびウサギは俺を見上げて怯えたように後ずさる。 牙を剥いて笑ってやると、飛び上がって一目散に逃げていった。 「ちっ。どうせのたれ死ににしちまうんだ。腹の足しにでもしてやった方がマシだったのによ」 しゃがんだままウサギを見送った千草の背中に、六割ほど本心の籠ったボヤキをぶつけてやる。 「生きていけずとも、機会は与えてやりたい。私は、生きたいという意思に応えてやりたいのだ」 背を向けたまま、立ち上がって千草が応えた。 満足に餌も食えねぇガキがこれから生き残るのがどれだけ大変か、きっとコイツも分かってる。 それでもやらずにいられねぇんだろうな。 「たとえそれが私の傲慢だとしてもな…」 ウサギの走っていった草むらを見つめながら千草が呟く。 小柄なコイツが、余計にちっこく見えて。 その頭に遠慮なしに手を乗せてワシワシと髪を乱してやった。 「んな情けねぇ顔してんなよ」 「しておらぬわ! 止めろ、馬鹿猫!」 「手ぇ置きやすいんだよ、小せぇから」 顔なんて見てねぇ。 見てねぇさ。 けど、分かるっつの。 ぎゃーぎゃー喚きながら俺の手を止めようとする千草を、ひょいと肩の上に担ぐと、その非難の声が一段と大きくなった。 「何もかんも細っこい肩に背負おうとすんじゃねぇよ」 ぼこすか殴ってくるのを無視して呟くと、ぴたりと手が止んだ。 「……貴様なんぞに気を使われるなど、末代までの恥だ」 不本意極まりないとばかりに訴える声。 だが、もう殴ってこないあたり本心ではないのだろう。 「この意地っ張りが」 「うるさい」 その後しばらく互いに黙っていたが、肩から下ろしてやると千草はスタスタと俺の前を歩きだした。 俺はその小さな背について歩く。
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