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しばらくして、毛皮に赤い跡だけを残して傷が塞がると、ちびウサギは俺を見上げて怯えたように後ずさる。
牙を剥いて笑ってやると、飛び上がって一目散に逃げていった。
「ちっ。どうせのたれ死ににしちまうんだ。腹の足しにでもしてやった方がマシだったのによ」
しゃがんだままウサギを見送った千草の背中に、六割ほど本心の籠ったボヤキをぶつけてやる。
「生きていけずとも、機会は与えてやりたい。私は、生きたいという意思に応えてやりたいのだ」
背を向けたまま、立ち上がって千草が応えた。
満足に餌も食えねぇガキがこれから生き残るのがどれだけ大変か、きっとコイツも分かってる。
それでもやらずにいられねぇんだろうな。
「たとえそれが私の傲慢だとしてもな…」
ウサギの走っていった草むらを見つめながら千草が呟く。
小柄なコイツが、余計にちっこく見えて。
その頭に遠慮なしに手を乗せてワシワシと髪を乱してやった。
「んな情けねぇ顔してんなよ」
「しておらぬわ! 止めろ、馬鹿猫!」
「手ぇ置きやすいんだよ、小せぇから」
顔なんて見てねぇ。
見てねぇさ。
けど、分かるっつの。
ぎゃーぎゃー喚きながら俺の手を止めようとする千草を、ひょいと肩の上に担ぐと、その非難の声が一段と大きくなった。
「何もかんも細っこい肩に背負おうとすんじゃねぇよ」
ぼこすか殴ってくるのを無視して呟くと、ぴたりと手が止んだ。
「……貴様なんぞに気を使われるなど、末代までの恥だ」
不本意極まりないとばかりに訴える声。
だが、もう殴ってこないあたり本心ではないのだろう。
「この意地っ張りが」
「うるさい」
その後しばらく互いに黙っていたが、肩から下ろしてやると千草はスタスタと俺の前を歩きだした。
俺はその小さな背について歩く。
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