第1話

4/4
前へ
/4ページ
次へ
「生き抜いてくれればいいのだが」 千草の言葉は俺に対して言ったものではない。 祈りにも似た呟き。 まぁ、分からないでもない。 「そうだな」 何気なく答えると、突然に千草は振り向いた。 そして、ただでさえくりくりとデカい目を、心底意外そうに丸くして俺を見てやがる。 「なんだよ。デカくなってくれた方が食い甲斐がある、とでも言やよかったか?」 「いや、」 言葉を区切った千草が、ずいぶんと思わせ振りに口を開いた。 「…貴様でもそんな顔をするのかと思ってな」 「顔? どんな」 丸っきり自覚がない。 首を傾げて問いかけると、それはそれは見事な満面の笑みで、一言、 「秘密だ」 と、のたまいやがった。 すぐに前を向くと、くすくすと笑いながら歩き出す千草。 俺は、後を追えずに立ち尽くした。 いやその笑顔は、何つうか、反則じゃね? あー、くそ、そういう無防備な顔すんじゃねぇよ。 俺だってオスなんだぞ、こんちくしょう。 「置いていくぞー」 前方遠くからいつも通りの声が飛んできて、俺らしくない悶々とした感情から我に返る。 あ、やべぇ、びっくりしすぎて猫耳出てた。 見られなくて良かったと安堵しながら、そそくさと耳を押さえ付けて元に戻し、息を吐く。 あれを自覚なしにやってやがるから余計にタチが悪い。 だからこそ飽きもせずに付きまとっちってるんだが。 「しゃあねぇな」 しぶしぶという体で呟き小さな背を追う。 かなわない、って本音は、棚に上げとくことにしとくぜ。        終
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加