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1.
さやかは、勉強を教えながら、へんな気持ちになっていた。
勉強机の上に広がっている、数学の教科書とにらめっこしている、友達の咲子の横顔をみていたら、胸がドキドキしてきたのである。顔も、赤らんでいるのかもしれない。
自分でも気づいていなかった、意外な趣味があったのだろうか、と悩んでいると、
「どうしたの? 先生が居眠りしたら、だめだよ」
と、顔をこちらへむけてきた咲子と目があって、さやかはあわてた。
さやかは、咲子(さきこ)と同じ中学1年生。二人は、同級生で友達だったが、さやかの方が勉強ができるので、家庭教師に来ているのである。でも、それは、単に友情からそうしているだけ、ではなかった。
「ちょっと熱があって…」
さやかが取り繕うと、咲子は、まあいいやという様子で、
「この問題って、どうするの? 答えをみても、意味がわからない」
聞かれて、さやかは身を乗り出して、教科書をのぞきこむ。教科書の文字がぼやけているのを見て、さやかはまた視力が落ちてしまったのを感じた。このおしゃれとは言えない、四角い黒縁メガネのレンズが、さらに分厚くなる日も遠くなさそうに思えた。加えて、さやかは私服をあまりもっておらず、学校が休みのときも、学校指定の制服で過ごしていた。もちろん、今もである。
「これは、問題文のこの部分を、こんなふうに数式にして、ここに…」
さやかの色白で細い指先が、咲子の見つめるノートの上で、軽やかに動いていく。咲子は熱心に聞いているようなので、理解してくれたのだと、さやかは安心した。
「ごくろうさま」
そろそろ、おいとましようと思っていたところへ、咲子の母親がノックをしてから部屋に入ってきた。左手のお盆には、ジュースとお菓子が乗せられていた。
たまたま目に入った、ドアの上の掛け時計は、21時を指していた。
時間丁度である。しっかりしているなと、さやかは感心した。延長すると料金が発生するのである。
お菓子をすすめられたさやかは、咲子の母親のそばへそっと歩み寄り、
「お代は頂いておりますから…」
と、そっと耳打ちした。そして、壁に立てかけてあった自分の鞄を手に取ると、部屋を出ようとした。
「もう、夜も遅いし、今日は金曜日だから、たまには泊まっていったらいいのに…」
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