さようなら、さやか

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 べつに悪い事業をしているわけではない。むしろ、捨て子の自分をひきとり、住む場所と食べ物を与えてくれて、また、社会で困っている人に向けて、人材を派遣している。  しかし、さやかのような子供を働かせるのは、よくない事のような気がする。そういえば、テレビでも、夜おそい時間帯は、子供のアイドルは出演しない。なにかの法律に違反している事業だから、ひっそりとやる必要があるのだろう。  食堂への通り道にある休憩室には、職員同士が自由に交流できるよう、椅子やテーブルが配置されている。  さやかは、朝早い、だれもいない時間に、ここでなにも考えず、窓の景色を見て、ぼんやりしているのが好きだった。  その場所で、さやかと同じ年齢くらいの、男子と女子が、明かりを消した中で、顔をよせあっていた。行為に夢中で、さやかには気がついていないようである。  よく見ると、男子は女子のブラウスをはだけさせて、そこに手を入れ込んで、ゆっくりと女子の体を愛撫しているのがわかった。耳を澄ますと、二人の荒い息遣いが聞こえてきた。  さやかは急に、気まずくなり、静かにその場を立ち去った。  部屋でやろう、東京の地下鉄のポスターを思い出した。  もっとも、自分の部屋には、ほかの人を連れ込むことは禁止で、だから、休憩室があるのだけど。  20時前の食堂は、いつもどおり閑散としていた。  今日は寝てばかりで、食欲も湧かないので、サンドイッチとコーヒーのセットにした。  さやかが食券販売機のボタンを押すと、それだけで、食券が発行される。さやかの指紋をボタンが読み取り、給料から天引きという形で、月ごとに請求される。部屋の鍵も、指一本で開く。  さやかは、夕食を受け取ると、食堂を見渡し、てきとうな場所に腰掛ける。 「あら、ひさしぶり」 さやかが、サンドイッチを手に取ったとき、お盆を持った、高校生くらいの女の子に声を掛けられた。顔を上げると、舞子が、さやかを見下ろしていた。  舞子はそのまま、さやかの前に腰掛けて、お盆をおいた。  A定職(ごはん、味噌汁、野菜炒め)であった。    舞子は、教育熱心な母親がいる家庭に派遣されていた。  目的は、自分の家庭の子供を東京の有名大学に合格させるという、お客の夢を叶えること。舞子は、この家の実の娘として派遣された。
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