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「…なんにも、聞かないの」
大通りに出て、長い直線を走らせながら、春山先生がぽつりと言った。
わたしは、…何をどう言ったらいいのか、分からずにいた。
月子ちゃんのために隠していたつもりのことを、実はわたしがとっくに知っていたとわかったら、…先生は、どんな気持ちになるだろう。
知らないふりを続けていたことが、…まるで、今まで先生のことを騙していたみたいで…気まずい。
それに、…どうして知っているのかと聞かれたら、…白井さんの名前を出さなくてはならなくなる。
あの人とは関わらないって約束したのに、…これもまた、先生を裏切っていたようで…。
「…もしかして、…知ってた?…椎名」
呟くような言葉に、わたしは顔を向けた。
先生もまた、…どう話したらいいのか、迷っているように見えた。
「あの…」
「…うん」
わたしは、自分の親指を握りしめ、思いきって口を開いた。
「月子ちゃんが、いま、ご両親と一緒に暮らせずにいる事情…。放火事件のこと、聞きました。
…それと、…なぜかは分からないけど、…春山先生のご実家の皆さんで、月子ちゃんを支えてるってことも…」
「……」
先生は、しばらく黙っていた。
ラジオからは、明日の朝の冷え込みを知らせる天気予報が流れている。
わたしは窓の外を眺めながら、先生の言葉を待っていた。
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