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文久二年、四月
暦では初夏に入ったが、京はまだ春の余韻を残している。
こんな花も綻ぶ暖かな日は、のんびりするのも一興、なのだが…。
「ひ、人が鴨川で溺れてる!!!!」
民衆のざわめきで、彼…………沖田総司の微睡みはとぎられた。
すぐ近くの橋の欄干で野次馬を作る人々。目線は川面に寄せられ、身を乗り出してまで見ている人もいる。
「ああ、もう…」
沖田は舌打ち代わりに無造作に結った髪を掻くと、めんどくさそうに顔をしかめた。
「せっかく“鬼"の目盗んで抜けてきたのに…。ついてないな、僕」
誰に向けていったでもないが、そのまま彼は人混みを掻き分け、川面に近づく。
昨日までの雨で水かさが増した鴨川。流れは早く、深さは沖田の内腿までだろうか。
「そこのあんた…溺れてるのが誰か、知ってる?」
沖田は近くにいた男にとうた。
が、男は沖田の顔を見た途端、答えようと開いた口をパクパクさせる。
ーーーーああ、出たよ。
沖田の思った通り、男は顔を青ざめながら言った。
「み、壬生狼…人斬り…!!!」
壬生狼…沖田らを見下す意味を込めた造語で、組織の貧しさやみすぼらしさを馬鹿にする言葉だ。
だが沖田は口に笑みさえも浮かべて男に聞き返す。
「それで?答えてくれないかな?…川で溺れてるのは、誰?」
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