第零章 夢と現実。

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 所持品が何もないように見える青年はどこからともなくレッカという果実を取り出し、それを頬張りながら崖を登っていた。  その光景は宛ら、手品のようで。  傍から見ていたら驚愕の表情をしたまま固まってしまうだろう。その光景こそ見てみたいものだが。  それよりも本来オルバ渓谷とは人間が簡単にロッククライミングをすることの出来ない場所だ。  渓谷を抜けて風がまるで突風の如く、吹き荒れているのとそこを徘徊する魔物がとても強いからだ。  青年はそんなことを百も承知で通っている。  ここを抜けた方が王都への近道になるからだ。 「レッカも美味いが……魔物の肉が喰いたい」  そんなことを口走るこの青年はやはりどこか変わっていた。魔物の肉にはかなりの魔素(まそ)が含まれており、直接体に取り入れると猛毒に変わってしまうからだ。  料理人の中にはそれを完全に取り除くことが出来た人間もいたそうだが、今現在その技術を使える人間はいない。  つまり一般の人間がそれを口にすることはまず出来ない。  青年は特に魔物にも遭遇することもなく、数日掛けてオルバ渓谷を抜けた。ため息一つつきたくなる状況だが、青年はそれどころか少し楽しそうで王都へと続く一本の街道をひたすら歩いている。  途中で馬車に乗った行商人から果物を何個から仕入れた。  もちろんレッカも仕入れたが。  それらを青年が何かを唱えると果実は消え、青年はそのまま行商人にお金を払い歩みを再開する。 「ギルド本部って意外と遠いな」  青年が今目的地としているのはギルド本部。名前の通りギルドという組織の総本部が王都にあり、そこに用事がある。  前にも言ったと思うが、この青年には自分というものを定義するものが何一つない状態。青年は自分というものを定義するための身分書のようなものを作りに行くところだ。  その証明書がなければ、仕事に就くどころか学園に通うことすら出来ない。この世界では特に学園に通わなくても問題はないのだが、それでも仕事が出来ないのというのは中々に厳しいところがある。  自給自足もいいが、それでも限界を感じてしまう。  そんなくだらない話をしている間に視界に王都をとらえることが出来た。 「おい!そこの兄ちゃん、止まりな!」  青年が止まることはない。 「止まれって言ってんだろ!」
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