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振り向くと、更科くんは小さなキッチンの前に立ち、マグカップを並べ始めていた。
白くて綺麗な首筋に、色素の薄い柔らかそうな後ろ髪が掛かっている。
「萌って、不思議な子だよね。
俺、けっこう洞察力あるほうだと思うんだけど、萌の事だけは未だによく分かんないよ。
…弱いんだか、強いんだか。
いくら動揺を誘っても、揺れてそうで、芯は全く揺れてないし」
更科くんは引き出しを開け、ペーパーフィルターを取り出した。未開封だったようで、傍にあったハサミで袋の口を切り取っている。
「俺がいくら月子と春山の親密さをアピールしても、萌ってばイジケちゃうだけで月子に全く敵対心を燃やしてくれないし。
せっかく耀ちゃんが放火事件の詳細を伝えたのに、律義に秘密守っちゃうし。
月子が父親を焼き殺したって噂が立つこと、期待してたんだけどね」
わたしは白井さんの俯いたままの顔を見た。
あのファミレスで、白井さんが事件について熱く語った裏側には、そんな思惑があったのだ。
「萌が面白がってその噂を広めてくれたら、もっと早い時点で月子は学校での居場所を失くしてただろうし、そのうえで、噂を流した張本人が萌だって月子に明かせば、あいつの怒りが面白いくらいに爆発したはずなんだけどな。
萌がはじめからノリノリになって耀ちゃんに協力してくれれば、俺が危ない思いをして新聞記事を仕掛けたりせずに済んだわけだし。
ほんと、萌はおりこう過ぎて困るよ。…イラつく」
更科くんの口調は、イラついているどころか、まるで展開を面白がっているように聞こえた。
意外と肩幅の広い背中の向こうで、コーヒー豆をフィルターの上に落とすサラサラ、という音がする。
同時に、香ばしい豆の香りが部屋に漂い始めた。
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