-1-

3/14
前へ
/40ページ
次へ
 廊下の角を曲がり、ふと見ると、前方からスーツ姿の春山先生が歩いて来るのが見えた。  急いで髪の乱れを手櫛で梳いて、服装の乱れがないか、身体を見下ろす。 「おつかれ」 「おつかれさまです」 「どこいくの」 「ちょっと、放送部室に…」 「あ、ほんと。…じゃ、これ、頼んでもいい」  春山先生は、手に持ったクリアファイルを差し出した。 「明日の朝イチで読む原稿。…テーブルの上に置いておいてほしいんだけど」 「はい、分かりました」  手を出すと、ひょい、とクリアファイルが宙に浮く。  戸惑って先生の顔を見上げると、先生は辺りにちらっと目を配ってから、わたしの耳元に顔を寄せた。 「…来週の土曜日、今日子先生の家で、この間の食事会やり直すんだけど。…空いてる?」  わたしは目をまんまるく見開いて、先生の顔を見た。 「…いいんですか」 「…なにが」 「だって、…ご褒美もらえること、してないのに…」  先生は笑って、 「この前、あんなことになったから、やり直ししたいって今日子先生が言ってるからさ。 祐希も来られるかどうか、聞いておいて。また、今日子先生からお家に電話入れてもらうけど」 「…はいっ」  わたしがぴょこ、と飛び上がって返事をすると、先生は微笑んでクリアファイルを差し出した。 「明日の引退放送、準備出来てる?」 「…はい。…田辺くんと、さっき打ち合わせしました」 「…そっか。楽しみにしてるよ」  ファイルを受け取ると、先生は笑顔を残し、背中を向けて歩いて行った。  …よかった…。白井さんのこと、怒ってないみたい…。  わたしはほっとして、渡り廊下の方に向かった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1046人が本棚に入れています
本棚に追加