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「…この前、…加賀の入院してる病院で、見かけてね」
「えっ」
先生はソファにもたれ、わたしの顔を見た。
「…少し、話した」
「……」
わたしは黙って、先生を見つめ返していた。
「加賀の怪我を、心配してたよ。…たぶん、心から」
「……」
「…加賀がこうなったのは、自分のせいだって言ってた。…たぶん、本気で」
「……」
白井さんの顔が浮かび、…最後に別れた時の感情が込み上げそうになって、わたしは顔を伏せた。
胸が痛んで、思わずパジャマの裾を握りしめる。
俯く私の頭に、先生の手のひらがふわりと載せられた。
「…あの人、…悪い人じゃ、ないね」
「……」
「お前はちゃんと分かってたんだな」
いい子いい子、と頭を撫でてから、先生は前に屈んで、わたしの顔を覗き込んだ。
必死で涙を堪えるわたしを見て、ふっと笑う。
先生が本当の白井さんを分かってくれたような気がして、わたしはとても嬉しかった。
先生の首に手を回し、きゅっと抱きつく。
「ありがとう、先生…」
先生はわたしの背中に手を回し、ポン、ポン、と叩いてくれた。
「…それから、…お前のことも、言ってたよ」
優しい声が、耳元で囁く。
「『萌ちゃんのこと、俺に譲ってくれませんか』って、言われた」
「…え…」
思わず腕を解いて顔を見ると、先生がわたしの両脇に手を挿し込んで、ひょい、と持ち上げた。
ソファの隣にポン、と下ろすと、ぐっと顔を近づけ、至近距離から見つめる。
「…せ、先生…」
ドキドキしながら見返していると、先生の唇がそっと鼻の頭に触れた。
コハク色の瞳が、…お酒のせいで艶やかさを増して、わたしをじっと見つめる。
…危ない…。
…このまま、見つめ合ってたら…。わたしなんて、跡型もなく溶かされるに違いない…。
そう思っても、先生の目に惹きつけられ、視線を逸らすことが出来ない。
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