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僕は足を止め、立ったまま傘を蝶に傾けた。
そして、手近に落ちていた葉っぱを使って、雨風の当たらないところにその蝶を移したのだ。
たったそれだけのこと。
僕は善意なんてもんじゃなく、蝶も大変だなぁ、なんてことを思いながらやっただけ。
それなのに。
「あなたにたすけてもらえて、ほんとうによかった」
と、真剣な顔で見つめてくる。
「ありがとう、いいたくてきた」
どうやら、お礼を言うために僕の部屋まで来たらしい。正直、そんな大層なことをしていないので、変な感じだ。
「たすけてくれて、ありがとう」
「あ、いや。どういたしまして…」
ペコリと頭を下げる彼女に倣い、僕も照れながら頭を下げる。顔を上げると、そこには彼女の笑った顔。
ぽっと明りが灯るような、心が温かくなる笑顔。そして、ささやかながら笑い声を上げた。
とたん、顔が少し熱くなった。何故かわからないけど、見られたくなくて僕は俯く。
「わ、わざわざお礼言ってもらうようなことしてないのに……」
うろたえているのを隠したくて口を開く。けれど、早口になってしまって、失敗に終わる。
「そんなことない」
「で、でも。人間になっちゃったんだから。……あ。僕にお礼言うために人間になったんだよね?」
「うん、たぶん」
「じゃあ、目的達成だよね。どう?蝶に戻れそう?」
「え?」
「…え?」
「もとにもどれるの?」
「いや、知らないけど」
「わたしも、しらない」
「……」
「……」
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