0人が本棚に入れています
本棚に追加
こんな時こそしっかりしなくてはいけないのに……
やるせない気持ちばかりが募り、
私は強く口を結んだ。
息を吐き出して鏡を見返すと、
濡れた情けない面をした自分の背後に、
呆気に取られたような母親が立っていた。
鏡の向こうの私の表情が強張る。
「お……おはよー……」
軽く肩越しに母を見て声を掛けると、
少し遅れながらも返事が返ってきた。
「お早う。昨日はよく眠れた?」
今度は私の方が返事に遅れた。
返事が出て来なかったからだ。
「は……はい、とても」
愛想笑いしか出来ない自分は、
本当に信じられないと思う。
目覚めなんか良くない。
常に歪んだ悪夢を見せられているみたいで、
良い夢見なんて出来る筈がない。
凄くモヤモヤする。
微笑んだ母はニセモノだ。
そう信じた方が気が楽なのなら、
私はそれを甘んじよう。
ふと、思い出せないでいた今朝の夢を思い出した。
「夢じゃないんだけどな……」
既に洗面台前から立ち去った母親は、
キッチンから「朝御飯は7時くらいになるよ」と声を掛けてくる。
知ってるよ、それくらい……
明るく返事を返した――ように聞こえてくれればいいな……
私は再び冷水を顔に押し当てた。
キッチンから朝の匂いが漂い始めた頃を見計らって、
私はリビングへと向かった。
キッチンを仕切るカウンターの向こう側に、
お母さんの背中が見える。
特に声を掛けることもなく自分の席に着くと、
振り返った母はその場で固まる。
私は確認の意も込めて、
ここ数日『タブー』となっていた言葉を口にした。
「どうかしたの? 『お母さん』」
途端に訝しげな表情を浮かべたお母さんは、
その表情に上書きする形ではにかんだ笑みを浮かべた。
なんだろう。
分かってはいたけど、
やっぱりキツい。
何も動かなくても目の前に並べられていく朝食を口にしていると、
弟たちもリビングに訪れ始めた。
必ず入り口で一度足を止めた彼らは、
私を見ると軽く頭を下げて自分の席に着く。
最後に来た5歳になる末の妹は、
私を見て固まった上に、
「おはよう」と声を掛けた時には母の後ろに隠れてしまった。
母の後ろからこちらを覗く顔には怯えの色が出ており、
その顔で小さくお辞儀をする妹の図を、
私は良く知っていた。
「私、行ってくるね」
この家にいることが耐えられなくなり、
私は鞄を適当に掴んで逃げるように家を出た。
最初のコメントを投稿しよう!