立体的平行視界

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こんな時こそしっかりしなくてはいけないのに…… やるせない気持ちばかりが募り、 私は強く口を結んだ。 息を吐き出して鏡を見返すと、 濡れた情けない面をした自分の背後に、 呆気に取られたような母親が立っていた。 鏡の向こうの私の表情が強張る。 「お……おはよー……」 軽く肩越しに母を見て声を掛けると、 少し遅れながらも返事が返ってきた。 「お早う。昨日はよく眠れた?」 今度は私の方が返事に遅れた。 返事が出て来なかったからだ。 「は……はい、とても」 愛想笑いしか出来ない自分は、 本当に信じられないと思う。 目覚めなんか良くない。 常に歪んだ悪夢を見せられているみたいで、 良い夢見なんて出来る筈がない。 凄くモヤモヤする。 微笑んだ母はニセモノだ。 そう信じた方が気が楽なのなら、 私はそれを甘んじよう。 ふと、思い出せないでいた今朝の夢を思い出した。 「夢じゃないんだけどな……」 既に洗面台前から立ち去った母親は、 キッチンから「朝御飯は7時くらいになるよ」と声を掛けてくる。 知ってるよ、それくらい…… 明るく返事を返した――ように聞こえてくれればいいな…… 私は再び冷水を顔に押し当てた。 キッチンから朝の匂いが漂い始めた頃を見計らって、 私はリビングへと向かった。 キッチンを仕切るカウンターの向こう側に、 お母さんの背中が見える。 特に声を掛けることもなく自分の席に着くと、 振り返った母はその場で固まる。 私は確認の意も込めて、 ここ数日『タブー』となっていた言葉を口にした。 「どうかしたの? 『お母さん』」 途端に訝しげな表情を浮かべたお母さんは、 その表情に上書きする形ではにかんだ笑みを浮かべた。 なんだろう。 分かってはいたけど、 やっぱりキツい。 何も動かなくても目の前に並べられていく朝食を口にしていると、 弟たちもリビングに訪れ始めた。 必ず入り口で一度足を止めた彼らは、 私を見ると軽く頭を下げて自分の席に着く。 最後に来た5歳になる末の妹は、 私を見て固まった上に、 「おはよう」と声を掛けた時には母の後ろに隠れてしまった。 母の後ろからこちらを覗く顔には怯えの色が出ており、 その顔で小さくお辞儀をする妹の図を、 私は良く知っていた。 「私、行ってくるね」 この家にいることが耐えられなくなり、 私は鞄を適当に掴んで逃げるように家を出た。
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