第1話

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電車のつり革に掴まり、ゴトンゴトンと揺れる車体に抗いながら、文庫本を片手に読みつつ学校に向かっていた。 今読んでいるその小説は、国王から単独で魔王を討つ使命を負わされた勇者の珍道中や、敵役の魔物とのきったはったなどを描いていて、僕は楽しく読んでいたら、とある場面に差し掛かった。 それは、主人公が翌朝を迎えて眠りから覚め、その述懐をする場面。要約すると『新しい朝にワクワクする』といった趣旨の心境が綴られていた。 本当に何気ない日常の一場面だけど、僕はその主人公に、心からの羨望を覚えるのだった。 『新しい朝』。全く月並みな表現だ。でも、『朝』という語に『新しい』という形容詞をつけられるような人生が、僕はたまらなく羨ましい。 僕の生活は、いつの頃からか、止まってしまっている。 毎日同じ道を歩いて学校に行って、同じような勉強をして、また同じ道を通って昔から変わらない我が家に帰って、そして明日のルーティーンに備えて眠る。 まるで精密機械のように寸分違わぬ毎日。気付けば、日々は、それ以前の日々と同じ軌跡をなぞるだけになっていた。 毎日に『新しい』ことはない。全ては一度経験済みのことばかりで僕の人生に出演する役者も小道具も舞台も、最初の演目から変わらずに使い回され続けている。 代わり映えのない日々。その日々には、色彩は、ない。
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