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 別に酌だけなら、とは思う。私が気にするのは他に理由があるのだ。つい3日前、所用で私は地区事務所に出向いた。うちのバイトが厨房でやけどを負って労災の申請に必要な書類を取りに来たのだ。ちょうど昼時だと地区副部長の永井が私とランチをと申し出た。近くに古民家を改造して出来た和食の店がある、仕切もあって半個室なんだ、と誘ってくれた。私は笑顔で頷いた。二人きりで食事出来ると思った。何週間振りだろう、遠距離恋愛の私は顔が綻んだ。それを狙って11時という時間に事務所に入ったのだから余計に。でも横から邪魔が入った。そう、彼女だ。 『私もご一緒していいですか? 赴任してきたばかりでこの辺の土地に疎いんです。お昼、どこが安くて美味しいところ教えてもらいたいんです』  その言葉に永井は快く頷いた。放っておけなかったんだろう。異動してきたばかりの、か弱い女の子。永井は車を出すと言って彼女と私を乗せた。しかも彼女を助手席に乗せたのだ。別段意味は無かったとは思う。でも私は正直、いい気分では無かった。彼女が上目遣いに話し掛けていたのも一因だった。  その古民家風の店に着いて重たそうな引き戸を明けて永井が先に入った。続いてその後ろを彼女、そして最後に私。目の前の彼女の髪から漂う甘いフルーツの香りが否応なしに私の鼻を突く。そうして誘導された個室、長方形のテーブルの片側に永井が座ると彼女はその隣に座った。私はテーブルを挟んで向かいに座るしかなかった。席に二つしかないメニュー表、一つを永井と彼女が見る。もうひとつを私が見る。時折向かいの二人を盗み見ると、彼女が長い髪を垂らしながらメニュー表と永井の顔を交互にのぞき込み、二人で微笑み合っているのだ。
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