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わたしに出来るのは、…先生にその過去を忘れさせることなんかじゃない。
今の、先生の笑顔を――守ることだ。
「椎名さん、頑張ってね。俺、応援するからさ」
「はい、ありがとうございます。がんばりますっ」
「まあ、何か困ったことがあったら、和真お兄さんにいつでも相談してよ」
突然、にょき、と怪しい手が伸びて来て、わたしの肩を抱き寄せた。
「……」
「まず、手始めに……”お兄ちゃん”って呼んでみて」
「……。…はいっ?」
「だって、もしテツと結婚したら俺、君の義兄だよ?
今から練習しておかないと。
さあ言ってごらん、「お義兄ちゃん」って」
「……お義兄ちゃん……」
「ちっがーう。もっと、甘えた感じで」
「え、甘えるん…ですか?」
「そう。なんていうか、こう……拗ねた妹な感じで」
「お…お義兄……。…や、…ちょっと、無理です…」
「出来るよ!…椎名さんなら出来る!…怖くないから、身体の力をぬいてごらん。
お義兄ちゃんを信じて、全てを委ねて…」
「…あ…あの…ちょっと、顔が、近…」
その時、廊下から足音が近づいて来た。
和真さんがやべ、という顔をして、目にもとまらぬ身のこなしで素早く開いたドアの陰に隠れた瞬間、
「…ごめん。電話、長くなった」
先生がすたすたと部屋に入って来た。
わたしは和真さんの方を見ないように必死で目線を制御しながら、笑顔を作った。
「お、…お仕事ですか?」
「いや、学校からの連絡は携帯にかかってくるから。
小学校の同窓会の連絡だった。幹事が実家の電話番号しか知らなくてさ」
「え、小学校の?…すごいタイミングですね。たった今まで、アルバム見てて…」
「うん、そうだね」
先生はさらっと流して、わたしににじり寄って来た。
……やっ…やばいっ。
『続き』をする気、満々……。和真さんがいるのに……。
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