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先生の後についてリビングに顔を出すと、和真さんがソファの向こうからひょいっと顔を出した。
「和真。カレーご馳走さま。こいつ送って、そのまま帰るから」
先生の言葉に、和真さんはやけにいやらしい流し目を送って来た。
「おいおいおい、不埒だなあ、おい。
二人きりで個室にこもっちゃって、こんなに長い時間、何してたのかなっ」
「ミーティングだよ、決まってるだろ」
「あ、そーーー。ふーーーん。それならいいけど、ね、椎名さんっ」
「…はあ…」
和真さんは、キラキラ笑顔でウインクをパチリと投げて来た。
…ウインクって…。…生まれて初めて、されたかも…。
リアクションに困っていると、春山先生がじーーーっとわたしの顔を見つめている事に気付く。
「……今、二人でなんか目くばせ、しなかった?」
「いえっ、してないです、一切」
即答すると、先生は逆に怪しんだのか、さらに顔を近づけ、わたしの表情を分析し始める。
わたしが渾身の無表情を決め込んでいると、先生は矛先を和真さんにビシッと変更した。
「…和真、…こいつに何か余計なこと、言っただろ」
「言ってないよ」
「うそだ」
「そんなあ、…たったひとりの兄を疑うなんて、ひどいよ哲哉くん」
「……」
おふざけな返しにピキッと来たのか、春山先生は冷たい目で和真さんを一瞥し、こちらを振り向いた。
「行こう、椎名」
「…はい…。あの、和真さん、…ごちそうさまでした」
わたしがぺこ、と頭を下げ、リビングから出ようとすると、
「椎名さん」
「はい」
振り返ると、和真さんはにっこり微笑んで、
「今度、母親のいる時に来てよ。
けっこう面白いおばちゃんだからさ。すぐ、仲良くなれると思うよ」
…和真さん…。
わたしは微笑んで、もう一度頭を下げた。
「…はい…ありがとうございます…」
和真さんは、ばいばい、と手を振ってから、くるりとテレビの方を向いてしまった。
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