はじめのはじめ

2/2
78人が本棚に入れています
本棚に追加
/188ページ
ーーーーー。 鐘の音が無駄にはっきりと聞こえた。 僕の腹へ水面を揺らがせるように震動を伝えるその響きは、きっと僕に限らず街に住む人々の所へ余さず届いているのだろう。 木霊した反復音が地味に齎す腹痛に苦しむのも、僕だけではない筈だ。 情けなく悲鳴を上げる自分のお腹を両手で抱えるように庇いながら、胸元に垂らした懐中時計で時間を確認した。 午前六時。鐘の音が示す通り、ぴったりだ。 そろそろお天道様のお顔を拝見出来るだろう。 荘厳に聳え立つ王宮の塔を背景に、中途半端に丸く広がったエラが見えるに違いない。 僕の腹の虫が目覚めるのもこの辺りだ。 むしろこの腹痛は空腹によるものなのかもしれない。 というかもう何でもいいから腹痛え。 冬の名物とも言える白い吐息を一際大きく吐き出した後、僕は冷たく張り詰めた空気を深く吸い込んで立ち上がった。 控え目な装飾の階段には、僕の腰掛けていた所だけ石の灰色が見えている。 それ以外は全て白。雪の白色で埋められている。 昼になれば大方解けてしまうから、そこそこレアな色とも言えるだろう。雪というか霜なのだけれど。 寒さによって引き攣れたような頬の皮膚をゆっくりと伸ばし、緩慢な挙動で踵を返した。 家に帰れば、先生のシチューもどきが食べられる。 毎日の習慣であり日課であり試練であり楽しみである、朝のシチュー(もどき)だ。 小さく鼻から息を出して、駆け足で扉の前まで行き、扉を開けた。 「…さて、寝るか」 さて、一切の前振りもそれと分かる仕草も無くあまりにも唐突過ぎて申し訳ないのだが、 僕は転生者である。名前はまだない。
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!