美津とぼく

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「わたしを描いてください」  一つ下の江上美津からそう頼まれたのは、ぼくが一人、部室で使われていないキャンバスの油絵の具を剥がしている時だった。  江上も美術部員なんだから自分で描いたらどうか、自画像も勉強になるよ――と言って逃げたけども、美津は無言でじっとぼくを見つめるばかり。  断れないのかな……と、早くも諦めに似た気分で訊いた。 「どうして、ぼくに」  美津は淀みなく答えた。 「先輩の絵が好きだから」  サモワールという銀色の湯沸し器がテーブルに置かれた居間で、ソファに座った美津を描いた。たまにはそれも、美津の傍らに描き添えた。  休憩のときには美津がそのポットのお湯で飲み物を淹れてくれる。  広くて薄暗くて寒々とした洋館で唯一味わえる、あたたかな憩い。
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