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(まずは、この埃を何とかしなきゃ……。)  そう考え直すと、部屋の隅に置かれた掃除用具入れを開ける。  ――はたきと、モップ。  ――箒と、塵取り。  ――バケツに、雑巾。  冷暖房完備の最新な校舎なのに、どれも前近代的な掃除用具たちばかりだ。  亜希はバケツと雑巾を手に廊下へと出ると、渡り廊下手前の水道へと向かう。  そして、蛇口を捻ると、すぐ傍の国語科準備室にいるだろう久保の事を思い返した。  ――昔の、まま。  服装こそ違えど、まるでタイムマシーンに乗ったような錯覚さえ覚える。 (全然、変わってなかったな……。)  ――優しげな眼差し。  ――優しい声色。  何もかも、あの頃のままだ。  雑巾を揉む手は止まり、窓の外を眺めれば、麗かな日の光の下で、校庭が広々と広がっている。  ――右手には体育館。  ――左手にはプール。  あの当時の久保は、水泳部の顧問をしていたが、今も変わらないのだろうか。  そして、考えは蛇口からの水音と、バケツの水面の揺らめきに飲み込まれていく。  ――きらめく水面。  水着姿の久保は、ジャージを着ている時には分からないのに、意外にも筋肉質で引き締まった身体をしていた。  ――日焼けした肌。  ――骨太な身体つき。  その腕で抱き締められると、安心したのを思い出すだけで、うっとりとした心地になる。  ――帰ってきた。  ――彼の元へ。  やがてバケツから水が、ざあっと音を立てて溢れ出し、亜希は我に返って、慌てて水を止める。 (……そ、掃除しよっと。)  そして、バケツの中の水を減らしてから、カウンセラー室へと向かう。  そして、床に無造作にバケツを置くと、溜め息を一つ吐いた。  鏡に映り込んだ自分は、やけに頬を赤らめている。 (……意識、しすぎ。)  そう自分に言い聞かせると、顔を背けて、掃除に取り掛かった。
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