312人が本棚に入れています
本棚に追加
冷静ぶった態度を貫き通しながらも、職員室に戻るまでの間、郡山はずっとそわそわしていた。
(……見た目も好みで、話も合う。)
ここ二、三年、こんな風に胸がむず痒く感じるなんてなかった。
思わずジャージの胸の辺りをギュッと掴む。
「廊下は走らない」と書いてあるのに思わず走りだしたい気持ちになる。
(……この仕事、正直言えば、好きじゃなかったんだけどなあ。)
就職した一年目こそ、毎日がはじめての連続で無我夢中で、楽しかった。
しかし、二年目以降は教える内容が少し変わるだけで、同じ事の繰り返しだ。
その上、最近は学力重視の傾向に戻るきらいもあって、給与は変わらないのに今年度から授業数も増える事になった。
今日から四年目を迎えることになったが、郡山にとっての「教師」は「ビジネス」でしかなかった。
毎年毎年代わり映えはなく、ひたすら講義をする毎日。
まるで好きでもない同じテレビゲームを、クリアしてもクリアしても繰り返しやらされているかのようだ。
だから、郡山は「亜希」の存在に今までとは違う新鮮さを感じていた。
明日から登校も楽しみになる。
郡山は職員室の自席に戻っても、しばらくは惚けて仕事が手に付かなかった。
「少し椅子、引いてもらえませんか?」
後ろを通り掛かった久保が珍しく、郡山に声をかけてくる。
「え?」
「椅子。」
「あ、ああ。」
真ん中の空いている席を挟んで、久保と郡山の席はすぐ近くだ。
しかし、二人の年齢は近いものの、丸四年が経っても、ぎこちない空気が常に流れていた。
真ん中の席はいつまでたっても空席で、それが一層「ベルリンの壁」のような隔たりを二人にもたらしているのかもしれない。
「……隣の席、進藤先生が来たら良いのに。」
郡山がぼそりと呟くと、久保がほんの一瞬だけ表情を強張らせる。
「――ああ、進藤が隣の席にくるらしいな。」
久保が「進藤」と言うと、今度は郡山が表情を固くする。
「久保先生、『進藤』って……。」
(――なんで、そんな親しげに!)
そう声を荒げかけて、はっとする。
(……って、担任だったって言ってたか。)
「『久保先生、進藤って……』?」
「いえ、何でもありません。」
そう答えても、久保は片眉を上げて怪訝そうな表情をしている。
最初のコメントを投稿しよう!