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 明日からの受け持ちのクラスの名簿と、作業を続けるための資料を久保は手にして職員室を出る。  元来、久保が職員室で仕事をすることは珍しく、たいていは国語科準備室にいるから、久保の行動に誰も何も言わない。  ただ、いつもと違って、旧校舎側から階段を上るのではなく、この時は新校舎側の階段から上ることにした。  久保が軽快なリズムで階段を上りはじめると、スポーツドリンクを飲み終えてカウンセラー室に戻り掛けの亜希の姿がちらりと見えた。 (あれは……。) 「――進藤ッ!」  その声に亜希は立ち止まり、声の主を探す。 「こっち。下だよ、下。」  慣れないスリッパが脱げないように一段、一段慎重に上っていた亜希は、そっと階下を見た。 「――久保先生。」  目をぱちくりさせている亜希を見つけて、久保は二、三段抜かしで一気に駆けのぼってくる。  さっき再会した時とは違って、久保の表情は固かった。  不機嫌そうな表情。 (……何か、怒ってる?)  久保が踊り場についた時、亜希はほぼ2階に居て、12、13段上にいた。  ――体のシルエットを綺麗に見せる白いブラウス。  ――リクルートスーツのタイトなスカート。  上着を着ていないだけなのだが、胸の膨らみを薄手のブラウスは強調しているように思えた。 (……あんな格好で。)  久保は固い表情のまま、踊り場まで来る。  そして、無言のまま、亜希をじっと見つめる。 「――郡山と何の話をしたんだ?」  亜希は久保が不機嫌な理由が分からなくて、首を捻った。 「……単に本の話ですけど。漫画が好きとか、そういう話。」  普通の答えなのに、久保は軽い苛立ちを覚える。 「……それで、郡山と話して楽しかったってわけか。」  突然、刺のある言い方をされて、わけが分からないといった表情の亜希に余計に苛立ちが募る。 (……どれだけこの日を待ち望んでいた事か、分かっちゃいないんだ。)  ジリジリと胸が焦げる。 (――もう、忘れたって言うのか?)  ――五年前の約束なんて。  心配そうな顔付きで階段を下りはじめた亜希に詰め寄るように片足を階段に掛ける。 「あ……ッ!」  その声と共にふわりと亜希の身体が前のめりになる。  亜希のスリッパが転げ落ちる。  ――ほんの一瞬の出来事。  亜希の手は手摺りに届かない。  ――落ちる。  久保は咄嗟に持っていた書類を放り出した。
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