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 さっきまでの動揺は嘘みたいに引いている。 (……魔法みたい。)  「ここにいていいんだ」と言われてるみたいで、ほっと安心する。 「……進藤、どうした? ニマニマして、頭でも打ってたか?」  振り仰ぐと階段を上り終わった久保が2階で待っている。 「……んな?! ニマニマなんかしてないもんッ! 久保センは変わらないなって思ったくらいでッ!」  久保の眼差しはいつの間にか優しくなっている。  そして、ハッとする。 「……いけない! 『久保先生』って言わなきゃいけないんだった! それに、私、ため口利いて。ゴメンナサイッ!」  今さらな事を言い出す亜希の滑稽さに、久保は声を立てて笑った。 「いいよ、『久保セン』で。」 「……でも。」 「――その方が嬉しい。」  久保の柔らかな笑顔に亜希は釘付けになる。  ――恋に落ちる。  階段を落ちた時とは、また違う。  まるで足元だけ重力が、なくなってしまったかのようだ。 「おーい? 進藤?」 「あ……うん。」  少し先を歩く久保を追いながら、のろのろと歩む。  やがて久保が急にカウンセラー室の前で立ち止まっるから、亜希はつんのめった。 「わ、……ぷっ?!」  久保の背中に追突する。 「おーい、前を見て歩けよ?」 「……久保センこそ、国語科準備室はまだ先だよ?」  鼻に手を当てて抗議する。 「ああ。そうだな。でも、ここで仕事する。」  荷物で手が塞がっている久保は顎でカウンセラー室を指し示す。 「はい?」 「……もう少し一緒にいたいと思ったんだけどダメか? ドア、開けてくれないの?」  瞬きもせず、じっと甘えるように見つめてくる。  ――トクン。  鼓動がひとつ跳ねる。 (こんなの反則……。)  五年前の久保はいつも「教師」の仮面をつけていたのに、今は無防備に熱を帯びた表情をする。  戸惑いと嬉しさに胸が震える。 「……もう。」  亜希はさっき郡山から受け取った鍵を使って扉を開ける。  久保は嬉しそうに部屋に入っていった。 (あの頃と同じようで、同じなんかじゃない……。)  胸が高鳴る。  時計の秒針は緩やかに動いて、時を刻んでいく。  ――変わらないもの。  ――変わったもの。  ――変わっていくもの。  久保の背中を追い掛けながら、亜希は初めて会った日の事を思い起こした。
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