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「……ちょ、紗智、恥ずかしいよ。」  そう嗜めると、隣で紗智が顔を真っ赤にしているから、亜希は思わずぷっと吹き出して笑った。  「ガッツ」こと、石松先生は学年主任の先生で、強面の先生だ。  実際は立たされないものの、口癖がレトロで「そんなに授業が嫌なら廊下にバケツ持って立っとれ!」なのだ。  誰が始めたのか、いつの間にか休み時間にその口真似をするのが、学年内で流行っていた。  もっとも学校の生徒達は石松が面倒見の良い先生だと知っていたし、紗智の悪態も高校一、二年生の時に担任の教師だったからこそ出た発言だ。 「紗智ったら、顔、真っ赤ッ!」 「……で、でも! また同じ担任だよ? しかも、この大事な年に。」 「いいじゃん、ガッツなら、ベテランだし!」 「ええーっ、私、別の先生が良いッ! 翔とデートしたいのに、絶対補習になったら帰してくれないもん!」 「じゃあ、補習にならないようにしなきゃだね。」 「無ー理ーッ。」  亜希の一年過ごす予定の3-3のクラス一覧は顔を知ってる名前もあれば、顔と名前が二年経っても一致しない名前もある。 「ねえ、亜希のとこの担任は誰なの? 志下ちん?」 「いや、うーんと、久保貴俊……先生。」 「……誰、それ?」 「うーん、新しい先生じゃないかな?」  亜希の言葉に、紗智は「羨ましい」と口にする。 「良いなあ。」 「会ってもないのに良いか、良くないかなんて判断できないよ。」  予鈴が鳴り、人集りもかなりばらけはじめて、各々昇降口へと向かっていく。 「いーや、ガッツよりは誰でも良いんだよ。私はまた一年、あの強面を見る羽目になるんだよ!?」  紗智がぶつくさと文句を零していると、足元に黒い影が近づいてきた。 「……ほお、片桐。そんなに嫌か?」 「――ゲッ。」 「『ゲッ』って言わない。こら、進藤も腹抱えて笑うな。」  亜希がその声に後ろを振り向くと、石松と見知らぬ男の人が立っていた。  ――色素の薄い茶色い瞳。  ――短めに切りそろえられた髪。  身長は石松より10センチちょっと高そうだ。  亜希が見惚れていると、紗智に腕をぐいと引っ張られる。 「うわーん、ごめんなさーいっ! 教室行こっ、亜希!」 「――あ、うん。」  亜希は去りぎわにペコリと頭を垂れると見知らない男性もペコリと会釈を返してくれる。  亜希は紗智に引っ張られるままに、昇降口へとバタバタと走った。
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