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 当時、久保がどんな挨拶をしたのか覚えていないが、今にして思えば、初日から高校三年生の担任を任されて戸惑っていたのではなかろうか。  卒業して一年目は、教員採用試験に落ちて、塾のアルバイトをしながら食い繋ぎ、二年目も教員採用試験を受けようかとしたらしいが、友人に「私立の高校もいいぞ」と言われて気楽に受けたら採用されたと、いつだったか勉強の合間に教えてくれたように思う。  しかし、入ってみたら、本来持ち上がる予定だった志下先生の持病の腰痛が悪化して、入院と手術をしなくてはならなくなったとのことで、どうしてもそこの担任が必要で急遽雇われたと判明し、後から青ざめたらしい。  高三は進路指導やら大学受験、就職まで幅広く面倒を見ることになる。  それがどれほど新米教師にとって、荷の重いことか。 (マジかよ……。)  当時の久保は、ドアを開けて思わず立ち尽くした。 (……想像と現実が違い過ぎるだろう。)  今でこそ当たり前だが、教室には教壇がなく、教卓も申し訳程度にあるだけで、教育実習に行った学校とは見た目からして違う。  しかも、今日は実際の生徒がいる初日で、生徒が犇めく教室に酷く緊張する。  生徒たちは、久保を物珍しげにこちらの顔をみてくる。 (動物園のパンダじゃないってのに……。)  目を白黒させているからパンダのようにジロジロと見られても仕方ないのだろうか。  今の精神状態で、今朝みたいに「あの先生よりあの先生の方が良い」とか耳にしてしまったり、逃げ出すように去っていったりされたらと思うとそれだけで憂鬱だ。  石松に「生徒は、無邪気に人を傷つけるようなことを言うもんですよ。大人になって社会に出たら言えなくなる事ですから。この時期だけの特権で羨ましいくらいですよね。」と笑っていたけれど。 (落ち着け……俺。)  自分を見つめる瞳に落ち着かないものの、黒いファイルに挟まれた名簿の名前と顔がだいたい一致しているのがせめてもの救いだ。 (朝、びっくりした顔のまま他のクラスの女生徒に引っ張られたのは、「テニス部の進藤」だったはず。)  久保は変な噂を立てられてないかドキドキしながら、自己紹介を始めた。
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